SLAPP WATCH

大企業や団体など力のある勢力が、反対意見や住民運動を封じ込めるため起こす高額の恫喝的訴訟をSLAPP(Strategic Lawsuit Against Public Participation)といいます。このブログはSLAPPについての国内外の実例や法律を集め、情報を蓄積し公開する研究室兼資料室です。反対運動のサイトではありません。基本的に♪
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ジャーナリストって何?〜プレスパスからみる備忘録(1)
もともとSLAPPを考える際には関係なさそうな事柄ですが、日本では恫喝的訴訟が起こっていたとしても、組織横断的な支援があまり見られないことや、報道すらも大組織たるメディアでは、なかなかされないことから、表現と組織というものの関係について、見つめざるをえない論点があります。

フリージャーナリストが高額請求訴訟の矢面に立たされることがしばしば見うけられますが、それを組織ジャーナリストが属性を明らかにしたうえで支援したり、組織ジャーナリストが記事を書いて問題点を広く世の中に知らしめたりといったことが、日本では極めて少ない。なぜなんでしょうか。本当はジャーナリストが社会で果たしている役割とは何かについて価値観の共有ができていれば、ジャーナリストの行為こそが問題の焦点となるのであって、その属性(所属性)でもって周囲の反応が決定されることはないはずです。しかし日本では、属性こそがジャーナリストの“資格”とみなす傾向が根強い。なによりも大半の組織ジャーナリスト自身が、属性こそジャーナリストの“資格”だと考えてしまっているので、表現者としてのフリージャーナリストが危機に立たされても、無反応になってしまうのだと考えられます。

そうした日本の組織ジャーナリトは、個人で問題意識をもって、自分が世の中にとって有益な価値と信じる情報を発信する人々、ジャーナリストと名乗らなくても、NGO職員や、学者や、企業人や、政治家や、専門分野をもった職人や、端的にブロガーだったりする、大量の表現者が登場する時代になっていることを、わかっているのでしょうか。組織に属しているというだけで特権を享受できると考えているジャーナリストには、以下のニュースのように、従来ジャーナリストの特権と考えられてきた振る舞い方(取材源の秘匿)が、特定の表現者一般(それをジャーナリストと呼ぶべきか議論があるようだが、少なくともジャーナリズムの担い手と認知される人々)に適用されるよう議論が起きている動向など、理解できないのでしょう。

ブロガーも連邦裁判で保護対象--米上院司法委員会、法案可決:ニュース - CNET Japan
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