SLAPP WATCH

大企業や団体など力のある勢力が、反対意見や住民運動を封じ込めるため起こす高額の恫喝的訴訟をSLAPP(Strategic Lawsuit Against Public Participation)といいます。このブログはSLAPPについての国内外の実例や法律を集め、情報を蓄積し公開する研究室兼資料室です。反対運動のサイトではありません。基本的に♪
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表現者が立証責任を負う日本の名誉毀損訴訟
日本では名誉毀損の裁判が起こされると、立証責任が表現した側にあります。メディアやジャーナリストが訴えられ被告となった場合には、名誉毀損が「なかったこと」を証明しなければなりません。これはアメリカの名誉毀損訴訟の構造とは真逆だといいます。なぜそんなことに、なっているのでしょうか?

名誉毀損を違法とする刑法は、歴史的にみて、権力や地位のあるものが批判勢力を弾圧する目的で定められたものでした。刑法230条(名誉毀損)をみてみると、230条の2として、(公共の利害に関するときの特例)とする違法性を免れる要件を定めた条文が続いています。

この条文構成が物語るのは、日本では、刑事裁判でも民事裁判でも、社会的評価を低める表現は、ほとんど名誉毀損であることが前提となっているということです。そのうえで、「免責要件」として、公共の利害に関する表現などが特例的に名誉毀損にあたらないと判断されるのです。

つまり、日本では、名誉毀損で「なかったこと」を証明するためには、「免責要件」を、責任を追及される被告がすべて立証しなければなりません。少しでも要件を欠けば、名誉毀損が成立してしまいます。はじめに自由な表現への疑念ありきなのです。しかし、この訴訟中の立証責任の問題は、訴訟慣行上そうなっているということであって、法律で定められているわけではありません。

合衆国憲法修正第一条によって「表現・報道の自由」が、なによりも優先的に定められているアメリカとは、表現の自由の理解に、少し違いがあるようです。
| slapp | 法律よもやま話 | 23:44 | comments(1) | trackbacks(0) |
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はじめからメディア側が負けやすい構造になっているのですよね。かなりの数の判決が、表現者側の立証責任があるために、実質勝訴の敗訴確定されているような気がしてなりません。
| | 2009/03/07 11:59 PM |










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